明日の症例の話

私の所属する行動学科では、飼い主さんに来院前に10枚ほどで、動物に関する質問が25個くらいある質問書に動物の生い立ちや、問題となっている行動について書き込んでもらうことになっています。書き込んでもらったこの用紙はファックスあるいはメールで送ってもらい、犬や猫が来る前にどんな問題で来院したいのかこちらが事前に用意ができるような体制にしています。たとえば、あう犬あう犬に対して攻撃してしまうような子の場合は、駐車場から、私、テクニシャン(動物看護師さん)、そして獣医の学生たちがその犬を取り囲むようにして病院の建物に入れ、その犬のそばに他の犬や人が近寄らないようにガードします。事前にある程度問題が分かっていれば、事故が少ないであろう、という狙いと、こちらがどんなやり方でカウンセリングをしていくか、計画が立てられるという利点があるので、ある意味助かっています。
明日来院予定の犬は170ポンド(約80キロ)の超大型件で、人間に対して攻撃行動をするということが書いてありました。かかりつけの獣医さんに聞いたところ、犬舎などに入れたりすると、おりの中から行きかう人に対して威嚇するということでしたが、獣医さんに対してや、外で会う他人に対しては、よっぽど痛いこと、怖いことでもされない限りは、急にかんでくることはないと言われました。かなり大型犬で怖そうだけれど、注意すれば、いつもの噛み犬と似た感じかな、と明日に備えていましたが、私のボスに話したところ、この犬は、バスケットマズル(バスケット状の口籠、口輪とも言います)をはめてこない限りは、受け付けないように、とのお達しを受けました。今回の症例は80キロの犬ということで万が一の場合は命にかかわるから口籠が必要とは分かりますが、私が疑問に思ったのは、ボスが、すべての少しでも攻撃性のある犬は口籠をインターネットで購入して、それをはめて来ないと診療拒否をすると言い出したのです。攻撃行動を治療する専門医の私たちが、かんでくる犬は口籠がない限りは診ませんという事実。またまたアメリカの、訴訟がすぐ起こるからすべてを黒か白にするという事実をまた見せ付けられました。もし犬が万が一、人を病院でかんでしまった場合、私たちが訴えられることになります。だから、人に対してうなったりする犬は病院に口籠なしでは入れないのです(でも、他の科は受け付けています、何故だ?それは知らなかったからと言い訳ができるから)。万が一私たちの科にいる獣医学生がかまれたら、あるいはスタッフがかまれたら問題になるからなのです。確かに、ポリシーとして、安全第一で、そこで働いている人を守っているという意味では、まともな考えなのですが、このポリシーのために、多分私たちがすぐ診ることができれば、これ以上の危険をまったくの他人に及ぼすことはなくなるであろう場合も、訴訟を恐れるあまり、また何でも訴訟問題になるために、こっちの条件を飲まない限りは治療を断らなくてはいけないのです。私たちが攻撃してくる犬を診る場合は、攻撃性があることを100%わかった上で引き受けるので、細心の注意を払って病院の中に入れ、また学生には手を出さないように指導しています。私たちが色々条件を出すがために、適当に近所のほかの獣医さんに連れて行ってそこで攻撃行動が出たり、知らないでトレーナーさんのところに連れて行って噛み付いたりするほうが問題だと私は思うのですが、個人中心主義だからか、アメリカは考えが違います。
アメリカは、日本と違って、犬の安楽死の1番の理由は、問題行動によるものです。訴えられたら困るし、アメリカ人の感覚は、「犬が人をかむなんて事実はあってはいけない」からなのです。日本人として日本の獣医学科で学んだ私にはまだ理解できない事実でした。